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小説「ゼロの告白」/第七章 [小説「ゼロの告白」]

【ゼロの告白/第七章~彷徨いの日々】

 知らぬ間に自己の意図と関係なく裏の世界に埋没してゆく自分がいた。働き口を探している時でも気がつけば、世間からは地位が低く低俗と見られている所謂マイナーな職種に就いている。性に合っていると言ってしまえばそうなのかも知れない。

 いつ頃からそんな生き方を志向するようになっていったのか良く分からないが、二十歳を越えた頃からはこの男には確かにその傾向があったような気がする。考えてみれば、見た目の従順さとは裏腹にどこか反抗的な気分が子どもの頃から宿っていた様にも思えるが、それは単なる「反抗期」というやつかも知れない。周りが評価するものに対して素直に同調できない男自身がいた。世の中は、なるべく安心出来るように誰もが理解し対応できる、均一化した人間を育てようと考えているものだが、そんな世間からはみ出さずにはいられない性分というやつだろう。
 しかし人というのは不思議なもので、枠からはみ出せばはみ出したで、自分を律する何か思想や主義といったものを求める様になってくる。固定観念も持たず何に立脚する事もなく生き続けるという事が人間には出来ないものなのだろうか。自分の中心にゼロの存在を受け入れる発想は人間にとって難しいことなのだろうか。

スクリーンショット_キングコング.jpg

 昭和50年代の初めだった。寝袋を抱えた無一文で身寄りも当てもなく東京の街に飛び込んだ男は、風俗店の従業員を足掛かりに転々と仕事を変えながら流転の青春を生きていた。僻地の田舎から都会に飛び込んだのはボヘミアンな暮らしに憧れたわけでもなく、好きな絵を描いて名を上げて生きてゆけるようになりたかったからだったが、そんな夢物語に現実味を持たせるのはまだまだ先の話しだった。毎日が蜃気楼のように過ぎ去って前途の見えない砂漠の真ん中に佇んでいるような、そんな悶々とした息苦しい生活が続いていた。
 その日もバイトの皿洗いの仕事が終わってアパートに帰る途中、いつもと変りないコースで夜更けの公園を通り抜けようとした時だった。公園の片隅で何やら戸板を叩くような音が響いている。パシパシという乾いた音に引き込まれて覗いてみると、一人の若者がドラム練習用のボードを叩いていた。何か妙な共感を覚えた男は、練習風景を眺めながら若者の前に腰を下ろした。無心にドラムボードを叩くその若者は男よりも四、五歳ほど年が若そうに見えてたがボードの乾いた音だけが響く二人の間には無言の時間が流れてゆくばかりだった。
 十五分ほど経った頃だっただろうか、汗を拭いながらふうっと呼吸を整えてスティックを置いた若者と男は初めて目を合わせた。軽く会釈をした男は立ち上がって近づきながら声を掛けた。
「ドラムの練習ですか…こんな夜更けに」
 見ればわかるような間の抜けた問い掛けだったが気心も知れぬ相手を探るひと言とはそんなものだ。
「アパート部屋ではドラムの練習が出来ないもんでね」
 無口で近寄りがたい見かけと違って意外と人懐っこい表情の返事が返って来た。居酒屋でアルバイトをしながら昼間はドラムのレッスンを受けているらしい。師匠は新宿『ピットイン』でも演奏している有名なジャズ・ドラマーだというから、プロを意識した本格的な指導を受けているのだろう。将来に向かっての確固とした道を掴んでいるその若者が羨ましかった。
 しばらく話をしている間に二人の間には親近感が湧いてきた。互いに故郷を離れて頼るもののない都にやって来た事や、世間の常識からかけ離れた生き方をしている部分で共感し合ったのかも知れない。はぐれ者同士の妙な信頼感さえ生まれたようだった。若者の叩くドラムボードの歯切れよさにも魅了されて仕事帰りに公園に立ち寄る事が多くなった。

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<この物語は「一人の男が自己に内在するマイノリティと対峙しながら成長してゆく」といった自伝的フィクションですが、無計画に執筆を始めたもので進行具合も遅く、今後の展開はあくまで未定です。あらかじめご承知おき下さい>


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