SSブログ
前の2件 | -

猫のいる時間 [ねこ次元]

日々是好日、断捨離の日々が続いている。様々なものを様々なかたちで整理していて、新しい発見が生まれる。視点というものは角度を変えれば新しい見方が出来るものだ。そう考えれば人生は無限の可能性を持っていると云えるかも知れない。

もう綺麗ごとを言うのは止そう。世の中のお仕着せの常識は脱ぎ捨てて、自分本位に いのちを燃やそうと思っている。
そしてそんな傍若無人な私の傍には無邪気で我が儘な猫がいる。
子どもの頃から多くの猫たちを飼って眺めてきたが、いつの時代でも猫は憎めないほど身勝手に生きていた。

2402-2 レモン02.jpg

こんなふうに生きていたい。昔から猫を見ていてそう思っていた。何にも縛られず天命のままに生きている。そんな猫の生き方に何かを見て共感するのも、子供の頃から猫たちと暮らしてきた私の資質なのだろうかと思ってしまう。
猫は飼ってはいるがペットという感じではない。同居人…いや同居猫とも言えるだろう。彼女と暮らす時間が一体感となる時に、人では感じる事のない生きものとの共有の時を感じる。

 

nice!(11)  コメント(5) 
共通テーマ:日記・雑感

文字に描く~真実は閃光の如く也 [制作日記]

真実は永遠だが、人の世に於いては一瞬の光の様に現れては消えてゆく。
いつまでも形を変えずに留めようとすると偽りの姿に変わってしまう。眼の前に現われた瞬時の刹那を心に焼きつけることが肝要だろう。

人間は有能な生き物だと思われがちだが、一瞬を捉える事は苦手としていて、その能力に限って言えば無能のようだ。生きている実感を瞬時で捉えることも出来ないのだろう。
人間は優柔不断な生き物の様だ。常に憂い、常に迷いながら生きている。それは生きることの恐れの原因でもあるのだが、偽ってでも何かに縋ろうとする魂の彷徨だろう。

真実閃光の如く2-B.jpg

人間は「真実」というものをいつの間にかどんどん遠ざけてしまったようだ。「真実」は常に身近にあるのに、己の優位を差別化するための道具に使おうと画策した故に手の届かない様なものにしてしまった。空に雲が浮かぶように、野に花が咲くように、真実はそままの姿で留まろうとはせずに現れては消えてゆく。
野の鳥を籠に納めるように、草花を鉢に植えるように、永遠を求める心が真実から遠ざける


nice!(17)  コメント(0) 
前の2件 | -
死を食べる-アニマルアイズ