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「死」を体験的に考える [随想随筆]

※ この稿では人の死去について語っています。「死」に対して忌避感があったり不快を感じる方は読まない事をお勧めします。

実は私は三度ほど死に直面して、一度は臨死体験もある。何故か子供の頃から「死」に興味があって色々考えた事もあったが、実際に臨死体験までして高齢者になった今は更に考える様になった。
「死」もその見方によって様々に姿を変えるものだ。夢で見たものは “棺桶の中から世の中を見ている自分の姿” だった。
あまりに新鮮で強烈でもあったので、十年以上も前に描いたスケッチがここにある。人によって感じ方は違っているのだろうが、私の場合は少しの苦痛も恐怖も無く、宇宙空間を漂う様な無感覚の満足感だった様に覚えている。

臨死の夢_01.jpg

「死」を恐れから離れて本当に理解するためには、魂を自身の肉体から解放させて真摯に眺めてみる事である。「死」に対して様々な設問を用意して、目を背けることなく問うてみると普段は考えて来なかった「生きている事への答え」が見えてくる。
今生きているこの世の嘘と本当が実に鮮明に見えてくる。世の中の幻想と真実が見えると迷う事はなくなる。

過去の大戦を経験してきた人は「生きることの切実さ」を身にしみて感じて来ただろうけれど、私たち戦争を知らない者たちには生きる事の認識が違っている。知識・概念として知っているけれど体感としては他人事であり、自分事としては感じ難く、だからこそ心の底では恐ろしさを感じていると云ってもいい。
自然の世界に身を任せれば「死」は恐ろしいものではないという事が分かるだろう。物事にはいつか終わりが来て全てが去ってゆくという事実を「死」は確認させてくれる。忌避せずに受け入れる気持ちで直視すれば、恐怖心に囚われることなく自分なりの答えを得られるものだ。これは「死」に対してのみならず、何に対しても云えることだろう。

人生で最後の、最大にして最極の到達点を探ることはこの上もなく心躍る冒険だ。
「死」を考えることは社会的にはタブーとされているが、それは何故なのか…そこにも「死」にまつわる大きな秘密があるようだ。

 

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くつろぐ猫 [ねこ次元]

ベッドでくつろぐ猫。いまは狩りの本能も忘れてゆったりとした時間を過ごしている。日日是好日なり。そんな猫を眺めていると私の心も穏やかになる。

猫の生き方は何百年経っても変わらない。動植物は常に自分本位で環境に合わせて生きている。

つろいでいる様に見える猫も、実は周りの全てに気を許しているわけではない。
無防備に信じて無防備に身を捧げることはしないのが猫の鉄則なのだ。甘えてじゃれている様に見えても決して心を許さないのが自然界に生きる猫の本能で、人間ほどその事実に疎い生きものはいないだろう。

03-1 レモン01.jpg

猫のくつろいでいる姿を見ていると「どんな気持ちでいるのだろう?」と色々と憶測してしまう。常に孤独の気持ちを持った猫たちにも何かに委ねて安らぐ時間はあるのだろうか…それともそれは人間特有の憶測で、猫にはそんなものとは関係なく、くつろぐ時にはくつろぐ、何に囚われることもなく自分本位に生きる猫の習性なのだろうか。
そう考えると、人間というヤツは面倒くさいものだと思う。何か理由をみつけないとボケっとする事さえも出来ない生きものの様だ。

 

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