<円熟期だった9歳の頃>
我が家の飼い犬「チャム」の衰えがはっきり目立つようになった。
散歩に出ると、自分の子よりも元気に走っていた親犬だったのに最近は足をふらつかせたりして、しんどそうで体が痛いのか?力が出ないのか?よくは分からないが、ついに今日は寝たままで動こうともしない様子だった。
生まれて数週間で我が家に来てから、12年が経っている。
人間で言えば62、3歳くらいだそうだ。まだまだ老いる年でもないとは思うが・・・
柴犬の雑種なので、寿命は16年が平均らしい。後4年は生きると思っているのだが・・・老衰が始まった事には違いがないのだろう。
<出産して元気だった頃>
昨夜、体を動かそうとすると痛みを感じるのか
「クウ〜ン、クウ〜ン」という鳴き声を上げていた。
そして今朝、全く体を動かす事さえ出来ずオシッコを漏らしてしまった。
老犬「チャム」は牝犬なのだが、大変美意識が高く散歩の時以外は人前で糞はしないし、オシッコも小屋の影に隠れてするくらい。
そのチャムが横たわったまま、目の前でオシッコを垂れ流す姿は、少しショックだったがそれよりも痛々しい感じがした。
犬に「恥ずかしい」という感情があるのかどうか知らないが、誇り高い犬だからきっとつらい気持ちはあるのだろう。申し訳なさそうな弱々しい表情をしていた。
私は朝から出勤なので、後のことを妻に頼んで家を出た。かつて自営業を営んでいた頃は、こんな時は付き添ってあげれたのだがそれが出来ない今の自分の状況を残念に思った。
仕事中に携帯メールが入ったので、少し心配しながら見てみるとどうやら獣医にみてもらって注射を射ち、やや元気が回復したとあったのでとりあえずホッとした。
<子どもたちとチャム>
注射でやや体力が回復したものの、依然として自分で立つ事は出来ない。前足で這うようにしてゆっくりと体の向きを変えたりはするが、後足に力が入らないようだ。
下半身を持ち上げて、何とか立たせてみたりした。嬉しそうだが、すぐに疲れてへたってしまう。
ここ3〜4日程、殆ど何も食べていない。そのため体はすっかり痩せ細ってしまっている。
あんなにガッチリしていた体が嘘のように、骨と皮だけの老いた姿になってしまった。医者の話によると、後2日程すれば食欲もでてきて、少しは食べれるようになるかも知れないとの事だった。
このまま衰弱してゆくのか、それとも回復するのか、この数日間で大体わかるかも知れない。
数年前「コイツはまるで“肝っ玉かあさん”だなあ・・・」なんて言っていたくらい、体格も良く美形な犬だったのにそんな時間はもう二度とは戻らないのだろう・・・それが必然というものなのだろう。
寝返りも打てなくなってしまった。
時々小屋から出してやる。昼間は外の方が気持ちが良いようだ。
夕方になると妻が小屋に入れてやる。
私が夜遅く仕事から帰ると、虚ろな目を開けてこちらを眺める。元気だった頃は、帰宅した私を待ち受けたように散歩をせがんで飛びついて来たのに、今ではもう尻尾をふる力さえない。
しかし私には分かっている。力なく老いた眼差しで、帰宅した私に訴えかけている事を。
「お帰りなさい。また今度、元気になったら散歩に連れて行ってね」そんな風に一日の挨拶を交わしながら、安堵の眠りに入ってゆく。
突然、キュンキュン泣き出した。
咽が乾いているのか、手で水をすくって差し出すと首を伸ばしてペロペロと舐めてきた。何度も何度も水をすくってあげた。
嬉しいのか、甘えているのか・・・何度も何度も舌先を伸ばしてきた。
決して弱音を吐かない強い犬だけど、本当はとても咽が乾いていたに違いない・・・嬉しかったんだね。安心したんだね。
仕事中に携帯が鳴った。
妻の淋しそうな声「チャムが・・・死んだ」
実のところ危ないとは思っていたが、こんなに早く亡くなるとは考えていなかった。
「え!」と声が出て、しばらくしてから「そうか・・・」
ため息が出た。
今日はたまたま仕事が暇で、一時間程外に出られるチャンスがあったので、急いで家に帰った。
普段ならこうは行かないのだが、これも何かの運だろう。
家に帰ると、箱に入ったチャムが居た。
小さく窮屈そうに縮こまって、眠っているようだった。
雑種とはいえ、美人な柴犬だったから、可愛く美しい死顔だ。
頭や顎のあたりを撫でても、ピクリともしない。
昨日までなら嬉しそうに鼻先を動かしていたのに・・・。
もう何も届かないのか、無念な気持ちになった。
一旦仕事に戻って、再び帰宅したら
玄関にチャムの遺体の入った箱があり
下駄箱の上にはローソクと水の入った茶碗が祭られていた。
2日後に22歳の誕生日を迎える次女は泣いていた。
12年間、確かにチャムは家族の一員だったから
魂の抜け殻を見ると、様々な思い出が駆け巡るのだろう。
外では娘犬がキュンキュン鳴いている。
空しく がらんとなった犬小屋が明日からはどう映るのだろう?
☆
…あれから5年が過ぎた。
娘犬のミンクは、まるで母を追うかのように、それから3ヵ月後に亡くなった。まったく餌も食べず、なにか病でも発生したように衰弱してゆくのが分かった。もともと体の弱い雌犬だったが、母親のチャムに寄り添うように生きていた犬だった。
なぜ、突然亡くなったチャムとミンクのことを思い出したのか分からないが、それから年月が過ぎて今、我が家では賑やかに猫たちが8匹暮らしている。
<在りし日のミンク>
<原文ママ>1966年にフジテレビで放送された連続ドラマ「若者たち」は、戦後の傷跡、貧困、学歴差別、学園紛争……など当時の世相、問題を鮮烈に描き反響を呼ぶものの、その社会批判性の強さにより、突然打ち切りに。しかし、放送終了後も圧倒的なファンの支持を得て、テレビ版と同じスタッフ、キャストで映画化。自主上映ながら、その感動と共感の輪はまたたく間に全国に広がり、1年間で300万人の動員を記録しました。
早くに両親を亡くした五人の兄弟妹──土建会社の設計技師、弟妹たちの親がわりとなって戦後の混乱をのりこえてきた長男・田中邦衛、遠距離輸送のトラック運転手で竹を割ったような性格の次男・橋本功、行動的なインテリの三男・山本圭、一家の台所を切り盛りする紅一点・佐藤オリエ、ドライで自己中心的な現代っ子だが、根はやさしい末男・松山省二──が互いに助けあい、時に猛烈に争い、ひたむきに日常を生きていく──。もがき苦しむ若者たちの姿がザ・ブロードサイド・フォーの主題歌とともに胸に迫ります。