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小説「ゼロの告白」/第四章 [小説「ゼロの告白」]

【ゼロの告白/第四章~預かりの身】

 他所の飯を食べる…。幼い頃の体験が何か特別な事のように意味付けられる事もあるようだ。人間は裸一貫で生まれてくる。考えてみれば生まれたときから何かにすがり何かを注入されながら生きているのだが生まれ出でた時点では何の予備知識も固定観念も無い。生まれ出でる環境や条件を自分で決められる訳ではなく、ましてや親を選んで生まれて来る訳でもない。人は育ちながら自分に適した人生や世の中の概念を作り上げてゆくものなのだ。その考えはこの男が幼い頃から様々な環境で流転の様に育ってきた事と無関係ではないように思える。

 行商で朝早くから家を空ける両親に物心ついた頃から他所に預けられて一日を過ごす暮らしを習慣づけられてきた。幼稚園に入園するまでに数か所の家庭を転々としたがその中には酷い家族もあり、いじめや差別の他にも満足に食事も与えられずに栄養失調に陥るという事もあって決して楽しい日々という訳ではなかった。

古い商店街.jpg

 幼い頃の育つ環境や生きてゆく条件というものは一方的に与えられるもので 決して選べるものではないのだが、その後の成長段階で自分の与えられた条件をどのように解釈して捉えてゆくかは個人の資質によって異なっているものだ。この男は神経質で臆病な性格だったくせに、どういう訳かおっとりとした雰囲気を漂わせて周りの環境に溶け込んでいるかのように見えた。彼は無意識のうちに身の回りの状況から自己を肯定させる要素を見い出す“目利き”を発揮してきた。それは環境に順応しながら生き抜いてゆく生きものとしての生存本能なのかも知れない。男は「肯定的に受け入れる」という考え方こそが生存の秘訣としてふさわしいと選択してきたのだった。

 

 故郷を離れて東京に出て来た事もこの男には“どんな境遇に際しても生き延びてゆく”という事へのひとつの挑戦だった。それは幼い頃から自覚して来た「預りの身」を現実に即させる経験だったのかも知れない。幼少の頃から人質として他国の城を転々とした事が、我慢強く時期を待って後に天下取りの夢を果たした徳川家康の性格形成に影響を与えている様に、相手の懐に入って機を待つ生き方は幼い頃からの経験で育つものの様だ。

銀座通り.jpg

 生きてゆくためには食べるものと寝るところの確保に、新聞の求人欄で目についた住み込みの仕事に応募することにした。電話の指示に従って辿り着いてみると、そこは場末の俗称“トルコ風呂”と呼ばれている風俗店で、目隠しされた門を入ってすぐの階段を上がってゆくと二階のロビーらしき所にはすでに二人の求職者が集まっていた。

 どうやらこの店の他にもチェーン店があるらしく、ボックス車に乗り込むと都内と郊外数か所の店を廻ってそれぞれの求人応募者を拾いながら就業場所まで運ばれて行った。延々二時間近くも経っただろうか総計八人の男たちを乗せた車は県境を越えて夕暮れ薄暗くなった千葉・松戸の郊外に到着した。
 殺風景な一角に無機質なガレージ風の建物が目に入った。すぐ隣には二階建てのアパートが建っていてこれが寝泊まりするための宿舎らしい。ガレージのように見えた建物の中には大きなドラム状の洗濯機と乾燥機がそれぞれ二台ずつ置かれていた。どうやら仕事というのは風俗店で使用済みのタオルを回収してここで洗い物するという事がようやく分かってきた。住み込み食事付きであり就いた仕事は男たちの精液にまみれたタオルを洗濯するというものだったが、とにかくこれで食う所と寝る所は確保してゼロからの生活の第一歩を踏み出すことになった。


<続く>

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<この物語は「一人の男が自己に内在するマイノリティと対峙しながら成長してゆく」といった自伝的フィクションですが、無計画に執筆を始めたもので進行具合も遅く、今後の展開はあくまで未定です。あらかじめご承知おき下さい>


 

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