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写真作品としての「猫」 [ねこ次元]

駆け足のネコ.jpg
[猫]

もしもこれが絵画であったなら「猫」というタイトルはつけないであろう。(そもそも構図的に「絵」として成り立たないかも知れない) 私が絵画でネコを描こうと意図するなら、それは対象を画面の中に配置して観察するように描こうとするからだ。

しかし一枚の写真として、その場面と時間を切り取った作品として感性を表現しようとした場合は、ねこの存在感だけで充分だと考える。
「描かれていない絵」は無さそうだけれど、「写っていない写真」というのはあるのかも知れない。

“眼で見ることの不自由”

“時空に囚われることの不自由”

芸術はそれらからの解放に向かって、挑戦的な一面を持っているように思える。 


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amaguri

巨匠と呼ばれる方の写真のブレは意図したもので評価も高いが、素人のブレた写真は単に下手くそと言われる。観察力の無い僕には両者の違いが判らない。
上の写真は想像する楽しみがあります。猫ちゃんの前には何があるのだろう?美味しいご飯?それともお友達?ただ歩いてるだけ?。大事な縄張りの巡回中かな?。
by amaguri (2014-01-25 16:25) 

扶侶夢

amaguri さん、こんにちは。ご来訪&コメントありがとうございます。

見せたいものが表現出来ているか?がポイントだと思いますが、巨匠であれ何であれ、技術的な観点から見れば、ブレている写真は「下手くそ」と呼ばれても仕方ないでしょうね。また、その覚悟をもって写していると思います。

この写真の真相は、「一瞬に賭けていいショットを撮ろうとしたのに、猫はまったく意に介せず去ってしまった」之図です(苦笑)
by 扶侶夢 (2014-01-25 17:03) 

t-youha

こんばんは☆訪問、遅くなりました!
扶侶夢さん!もし「(仮称)あるがまま大賞・芸術部門」というのがあって僕が審査員であったのなら、僕はこの写真を受賞候補にノミネートいたします!な~んて偉そうに(笑)でも、それぐらいの魅力があります。カメラに納めた対象が意表を突く面白さです。いやぁ、この写真を見てまた一段と自分の不意を突かれる瞬間がたまらなく楽しくなってきました。ソネットブログには写真を作品として発表する方はとても多く、中には皮膚感覚で撮るような人や、モノクロに色が見える人、意図したものが意図から外れてカメラに納まってしまったような不思議な写真もあったりで、それぞれに魅力や挑戦を感じる事が多いのですが、この扶侶夢さんのこの世界観も十分に挑戦的でとても面白いです。実際にはこういう構図の写真は、数多くの写真家のもとで、ごまんとゴミ箱行きになっている類の写真のはずです。完全消去の失敗作として扱われるのです。ですが、扶侶夢さんはこれを作品にした。しかもちゃんと額縁がついているぅ!。なんとなんと!既存の写真術からの脱却を試みた挑発とも言えなくはないのですが、扶侶夢さんの場合はもっと純粋なもののように感じます。ファインダーに納まる猫もいれば、その裏で納まらない猫もごまんといるじゃないか!(笑)僕も早々にゴミ箱を再確認しなければ!これは確かに芸術だ!扶侶夢さん、ありがとう☆!!!
by t-youha (2014-02-01 01:33) 

扶侶夢

t-youha さん、nice!コメントをありがとうございます。

私の記載表現では至らぬ部分を読み取ってくれてコメントしていただけるので、本当に感謝しています。
別の言い方で言えば「すごい感性の持ち主だなぁ」と感じます。

>ファインダーに納まる猫もいれば、その裏で納まらない猫もごまんといるじゃないか!

本当に!この部分が私の一番言いたかった部分かも知れません。自分でも気付いていない部分をよくぞ読み取ってくれました^^)

>僕も早々にゴミ箱を再確認しなければ!

そうなんですよ!厳密に言えば、私たちにとってゴミ箱なんてないんです。すべてが作品であり、未完の大作なんですよ。
人生の棚卸しをしていて、そう感じました。
by 扶侶夢 (2014-02-01 01:59) 

t-youha

個人的なコメントのやり取りになってしまってスミマセン!
この扶侶夢さんのコメントを読みんで、なんだかとても面白く思いました。先ほど、自分のブログの方に頂いた 扶侶夢さんからのコメントに対して返事を書いたのですが、結果的にお互いがお互いの気づいていない事を照らし合っているような感じになりましたね。思えばカメラも世界を四角く切り取ってスポットを当てる行為だとすれば、イラストレーションといったものも語源は「照らす」「明るくする」という意味ですし、それよりなにより、それ以前にそういった行為を為す人間の側が、それぞれ相手の気づいていない部分にスポットを当てる行為からスタートして、それが結果的に作品として世界を切り取ったり照らしたりする行為に繋がっていくんだなぁなんて思いました☆
by t-youha (2014-02-01 16:29) 

扶侶夢

コメントありがとうございます、t-youha さん。

>それぞれ相手の気づいていない部分にスポットを当てる行為からスタートして、それが結果的に作品として世界を切り取ったり照らしたりする行為に繋がっていく

この感じですね。送り手も受け手も関係なく、双方のリレーション・シップで更に新しい価値創造の発見に繋がる…これが違った文化や宗教を持ちつつ共存しあう理想の人類の姿…っていうとオーバーに聞こえますが、とても本来的な姿だと思いますね。
by 扶侶夢 (2014-02-02 00:55) 

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