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私流カミングアウト(7)~歳を取って悔やむを知る [私流カミングアウト]

 私流カミングアウトとは、未来に向かって建設的でも前向きでもない告白をそろそろ終焉が見えかけてきた人生を総括するという趣向でつけたものだ。
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私も当然の事ながら数々の失敗を繰り返してきた。間違いの中から新しい何かを見出すこともあるけれど、何年たっても間違いであった事に変わりはない間違いもある。人はどうやら自分の愚かさを認めたくはないようだが、愚かである事を知るところから別の視点で何かを創造する場合もある。
一度非を認めると全てが後手に回るとでも思うのだろうか?絶対に自分の過ちを認めようとしない人がいる。これは大変な損失だと思うのだが、何を怖がっているのか頑なに拒否し続ける人を見ていると若かった頃の自分を思い出すことがある。歳月が過ぎた今となっては正確には覚えていないのだが、確かに一度認めてしまうとまるで世界が決定してしまったかのように後戻りできない状況に置かれる様に思ったものだ。…世の中はそんなに融通の利かないものなのだろうか?

「人を見て法を説け」という言葉がある。相手によって言い方や言葉を変えよという意味で、一見すると相手に合わせて主張を変える日和見な態度に思われるが、それは見る者の捉え方に依る誤解である。“人それぞれの価値観を認めたうえで、それに合わせて話を伝えよ”という意味であり、そうでなければ自分のものの見方ばかりを押し付けても実際の真意は伝わらない。“ものの捉え方、ものの見方”の話しなのだが、だからコミュニケーションは難しい。
私は歳を取ってようやく相手に合わせた話が出来る様になった気がする(まだ完全にとは言えませんが…)誤解を恐れず言えば、若い人には冒険を勧めるようにし、ある程度歳のいった人には見切りをつける様に言う事が多くなった。そして若い人には失敗を恐れず敢えて勧めることもある。今の時点の失敗は、次の時点での成功のヒントでもあるからだ。新しい事は今否定されている失敗の中から生まれるものだからだ。
しかし高齢者にはそんな時間的余裕はないからもっと合理的な効率の良い事を勧める。これまでの失敗を失敗と認めた上でそこに留まらず思考の次元を移す。早い話しが“駄目なものは駄目だから、さっさと場所を変える”という事ですね。粘る必要は、若者と違ってまったくない。それよりも場所を変える、考え方を変える事の方が大切に思える。

黒の時代_A.jpg

何だか小難しく言って来たけれど、歳を取れば間違いは間違いとして素直に認めてそこから生まれる次のテーマに心を向ける、という事だろうか。「後悔をしない生き方」をよしとしてきた私だったが、後悔は後悔でそれもまたよしと思う様になった。これも一種のネガティブケイパビリティなのかも知れない。


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