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君死にたまふこと勿れ [人生描画譚]

>前編「或る弾き語りの青春」からの続き


これまでの活動の繋がりが縁となって、スポンサー兼プロモーターとして名乗りを上げる人が現われた。
都内の小さなライブから中規模のステージまで数々の場を重ねてきた成果だと感謝して、素直に今後の活動やデビューを委ねる事にした。
ここに至るまでには国内業界二番手と言われる某広告代理店に知人のパイプがあり、色々とアプローチはして来たのだが、企画検討はされても本腰は入れてもらえないままに日々が過ぎていたので丁度頃合いかも知れないと思い切ったようだった。


他の音楽関係者とのジョイントも含めて、年に数回のコンサートなどもやって来たのだがそのための活動費用は決して負担の軽いものではなかった。
いつまで続ければメジャーデビュー出来るのか、年齢も経てくるとその辺の目算が厳しく求められるようになってくる。
自分自身は“何とかなるだろう”とのんびり構えていても周囲の関係者が許してはくれないものなのだ。


チケット.jpg 


スポンサーとして名乗りを上げてくれた紳士のA氏という人物は、大物要人の書生としてたたき上げて来た人物で、銀座に顧問相談事務所を持っているそのA氏にプロモーターのような役割をお願いする事になった。
もともと政界の裏側に出入りして顔が効くらしく興行の世界にも通じる人で、知人の会計士を通しての紹介だったので信用して任せることになった。


コンサート数回をこれまでよりも大きな規模の会場で催してから、いよいよレコーディングの運びとなった。
A氏の口添えでディレクターやミキサーを揃えてもらえたが、最も助かったのはレコーディング用の編曲をプロに依頼できた事だった。
当時はまだCDは普及していなくて音楽といえばLPやEPのレコード盤だったのでA面B面の両面を満たすためにもう一曲の録音が必要で、急きょ小塚本人が作詞をしたものにプロの作曲家が曲をつけてレコーディング用の曲が出来上がった。
詩の内容は創作だったが、曲名が「ひらきぶみ」という与謝野晶子の詩歌の題名から取ったものであり、もう一方は歌詞自体が与謝野晶子の詩歌そのものだった事もあって、使用権の認可を確認しておいてからレコーディングという事になった。


歌人・与謝野晶子の詩に曲をつけて歌うということで、与謝野家の遺族からの承認を得るために足を運んだという話は聞いていたが、与謝野家には本家と分家があって話が成立するまでには少しややこしかったように聞いていた。
が、ともあれ何とか無事にレコーディングにまで話が進められてまずは一段落という事になった。


レコーディング風景.jpg 


一応レコードが出来上がり打ち上の宴も終わったところで、私は郷里に戻りしばらくの間友人とも暇していた。


どの様にプロモーションは進んでいるのだろう?ラジオ、テレビそれともCMとのタイアップ?
数か月経ち一年が過ぎても何の気配もなく連絡もこない。
コンサートのライブ活動をしていた頃は、パンフやチケットのデザインなどを頼まれたりして何かと連絡が繋がっていたのだが、もう全く違う世界に飛んでしまったのだろうか?などと思い巡らしていた矢先に…


久しぶりに電話があり、住まいを引っ越したので顔を出さないかとの連絡があった。
以前と違う何か言葉には出せない重苦しい雰囲気を感じたが、その後の進展なども気になっていたので早速に足を運んだ。


kimishini_CD.jpg 


結局レコードを作ることは作ったのだが、その後のプロモーションは頓挫している様子だった。
そして友人からA氏は詐欺師グループのひとりだったという事を聞かされた。私もA氏とは何度となく顔を合わせていて大風呂敷の感じはあったが、詐欺師とまでは考えられなかった。
A氏というのはいわゆる「政界ゴロ」として飯を食っていたらしく、決して詐欺師ではないが非合法スレスレのヤクザ者で話に食いついたは良いが金にならないと分かるとサッと身を引いたようだ。
確かに話の半ばで頓挫したまま放置されているからには嘘つきと言われても仕方ないのだけれど、どうやら関係者同士の内部事情によるトラブルが直接原因としてあった事には間違いなさそうだった。
 


結局「君死にたまふこと勿れ」はレコードにはなったものの世に出ずに消えてしまった。そしてお家騒動だけを残したまま、数年後に私が消息を訪ね歩いた時には関係者すべてが住居不在で連絡の取れない状態になっていた。
ヨーロッパ放浪中に出会ってから青春の残り火のように大切にしてきた筈の一曲が、社会の欲望や思惑にまみれて泥の泡のように消え去った。
もしかしたらこれを限りにもう二度と会う事のない、友人・小塚広和さんとの今生の別れだったのかも知れない。


※ 

 


<了>


<平成27年2月24日・記>


 


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