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小説「ゼロの告白」/第八章 [小説「ゼロの告白」]

【ゼロの告白/第八章~行きずりの共同生活】

 夜のバイトが終わった帰り道に若者がドラムを叩いている公園に立ち寄る日が続いていた。そんなある日ふと隣に目を移すと、その若者に視線を送るもう一人の観客が来ている事に気づいた。やや小太りで少女と呼んだ方がふさわしく思えたが、夜更けの公園でドラムの演奏に魅入って聴いている姿は成熟した大人の女性を醸し出していた。
 練習が終わると女は若者のそばに寄り添った。軽い談笑をすると二人は男の方に歩み寄って言った。
「これから一杯飲みに行くけど、付き合いませんか?」
 若者とは毎度会釈を交わす程度で女とは初対面だったが、戻っても何をする当てもない男はこのまま夜の街を彷徨うことにした。男二人の間に幼な顔の女が一人、妙な取り合わせが連れ添って飲み屋を数軒はしごして帰路に着いたのは明け方の五時過ぎだった。

星の草道.jpg

 何処をどの様に帰って来たのかは記憶にないが、夢見心地のふらついた足取りで若者の借りているプレハブ仕様の一軒家に転がり込んだ。敷きっ放しの煎餅布団がむさ苦しさを漂わせていたがそんなものは気にもしない三人だった。誰からともなく重なるように寝転び気持ちの良い寝息が響き始めると、男の意識は遠のいて行った。

 
うめぐさ_a.jpg

 目醒めると陽はすっかり上がって熱の光が眩しく顔を照らしていた。若者と女はまだ微睡の中のようだ。昨晩は三人それぞれの足先が奔放な絡み具合で眠っていたようでシーツやタオルケットが絡んで乱れていた。
 男は身を起こすと狭い部屋から外に出て辺りを見回してみた。所どころに民家が点在してはいるが周りは草萌える原っぱに囲まれ閑散として静かなものだ。「こんな環境の中で若者は自活しながらドラムプレーヤーになるため日々奮闘している」そう思うと羨ましさと同時に自分に対しての焦りの様な気分に襲われた。今すぐにでも何かに向かって突っ走りたい気持ちだったが、絵を描くといっても何のテーマも見つかっていない自分がそこに在るだけだった。
 「少しここに留まってみよう…」そんな考えが頭を巡らしながら軽く深呼吸をして部屋に戻ってみると二人が目覚めてタバコをふかしていた。若者は夕方からのバイト出勤で、女の方はそれまで一緒に付き合う様子なので三人で取りあえず都心に出て食事を取る事にした。
 昼下がりの中央線の車内は通勤時間帯とは比べものにならないくらい閑散としている。三人は寝起き状態のままの崩れた格好でシートに座ってとり止めのない話をしていたが、男が唐突に話を切り出した。
 「ここで絵を描きながら暮らしたいのだけど、一緒に…どうだろう?」
 「いいんじゃない、私も半同棲みたいなもんだし…」女がそう言うと若者も当たり前のように受け入れた。
 「やさぐれ同士の共同生活、面白いじゃないか」

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<この物語は「一人の男が自己に内在するマイノリティと対峙しながら成長してゆく」といった自伝的フィクションですが、無計画に執筆を始めたもので進行具合も遅く、今後の展開はあくまで未定です。あらかじめご承知おき下さい>



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