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新・錯視の世界 [制作日記]

錯視の世界に足を踏み入れると、自身をも含めた様々な物事の位置関係を再確認して驚かされる。
私たちは、生まれてから自我を形成するよりも前に社会の枠組みの中に放り出されて、否応なく既製品の衣服を着せられたかのような人生を送っている。
ほとんどの価値観は自身が探り当てたものではなく、何者かの都合で社会が形成した「あるべき価値」として呪縛されたものだ。

こういった社会の既成概念に対するアンチテーゼを、かつて昭和の若者たちは様々な形で投げかけて来た。そして僅かながらもそのいくつかはささやかな意識の変革を芽生えさせたかのようにも見えた。
…しかし、それは儚い錯覚だったのだろうか?変革の意識は受け継がれることなく元の木阿弥となって、過去の社会問題はなんら解決されないまま平成の若者たちに手渡され保守されている。

錯視の世界とは視座の変換なのである。
主であった自己が従になり、従として眺めていた風景が主の座から見えるようになる…そんなパラダイムの変換なのである。
新しいものに気づくという事は、視点が変わる事に他ならない。現存世界が変わるわけではないからだ。

視点を変えるだけの事だと言ってしまえばこんな簡単な事はない。 
世界を変えたい、生き方を変えたい、そんな願望はよく耳にするけれど、本当のところ変化などというものは拍子抜けしてしまうほど実にあっけないもので、殆どの人たちは変化することを恐れたり拒んだりしているのが正直なところだと思う。

視点を変え次元を越えてみる発想と勇気が、21世紀を生きる人たちには更に求められるような気がしています。

tricart_[壁どん].jpg 

 

紙を広げて上から見たところ…今回はあまり3D効果は発揮できなかったようです。

壁どん展開図.jpg

アングルを変えてゆく過程を動画に収めたら、これがなかなか面白い。
カンバスの色合いが変化する制作過程を動画で記録して公開していた海外の画家がいましたが、それに通じるものがあり表現方法のひとつとして展開させれば面白そうです。

 


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