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小説「ゼロの告白」/第十一章 [小説「ゼロの告白」]

【ゼロの告白/第十一章~幻惑と覚醒の狭間で】

 時代が平成に変わった頃、男はまさに人生の転換期に入っていた。人生の円熟期とも云える中年に差しかかった時で、これから彼が直面してゆく最悪の場面は想像すら出来なかった。十人十色で人それぞれの人生があるのだが、彼ほどに奇異な人生を送った者も多くはないはずだ。その片鱗は幼い頃からすでに始まっていたようだが、中年になった頃にはまた別の要素が加わった。

 友人の紹介で『佐山急配』東京本社の渡瀬社長との付き合いが始まった。付き合いと言っても親と子ほど年齢の離れた間柄で、付き合って貰っていたと言う方が適切かも知れない。男はまだ四十を前にした歳だったから、渡瀬にしてみればくちばしが黄色いひよっ子というところだった様に思うが、しかしそれでも大切にしてくれたのはある意味でそれなりの使い道があったからなのだろう。訳ありの場への届け物とか顔出し出来ない処への挨拶といったものも任される事があった。傍から見れば “使いっ走り”というただの使用人に思えただろうがそれは少し違っていた。この世界の人間関係を肌で感じさせるための一種の実践教育でもあったのだ。
 小春日和のある日、男は小さな包みを持たされて桜椿に囲まれた小高い丘にある『椿山荘』に足を運んだ。そこに集まっていたのは上品な出で立ちをした紳士淑女の面々だったが、その装いとは裏腹に何か妖しげな品の悪さを漂わせていた。男はその中の一人の長老ともいえる人物に包みを手渡して会釈をした。中身を既に知っているのか、長老は何でもない様な素振りで受け取ると奥の部屋に引っ込んで行った。
 後に政財界を巻き込む疑獄事件の種となった株券の束だったとは、受け渡しを任されたその男は知る由もなかった。

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 事実は小説より奇なりとはよく云ったもので、現実の世界にはドラマや作りごとを超えた事が意外に多くあるものだ。それは確かに一般庶民の世界には見当たらないが、特殊な選ばれた人間の世界ではそれほど珍しくない。寓話の世界にも匹敵するようなことも時としてあったりする。国家の進退を占う様な事態に於いてある著名な巫女が権力者にサジェスチョンするという事は決して有り得ないわけではないらしい。とくにこの日本という国は実は昔から女性の感性に信頼を置いていたらしく、論議で決することが出来なくなると最終的に巫女の感性に頼ることが実際に多かった。勿論そんな事は門外不出であって一切のマスコミには伏せられていたが…。

 日本中を騒がせた疑獄事件に片隅で関わっていたその男は、世の中の事件には一般に知られる表層的な面以外に、その裏側には関わった者にしか分からない深い闇のある事を知っていた。時としてそれらは “陰謀”という大袈裟な言葉で尤もらしく根も葉もなく噂される事もあるが、実際の処は関係した者にしか分からない別の真相がある。そして現代のネット社会では、全く無関係な者たちが物知り顔で様々な憶測を流しているが、本当に解っている者たちは関係者しか知らない別ルートで語られているという事さえも知られていない。SNSなどで評論宜しくばら撒き散らすネット愚民たちを尻目に、真実は闇から闇に伝えられては葬り去られてしまうのだ。
 まだ四十前の男には自分の配達した小包が日本を揺るがす事件の種になっていようとは考えもしなかった。そもそもそんな事件が自分の日常の周辺で起こることさえ考える事もなかった。しかしその後、身近だった『佐山急配』東京本社にキナ臭い噂が立って渡瀬社長が検察に取り調べられたという噂が聞こえてくると、関係していた男も胸の内が穏やかではなかった。そしてまるでドラマの様な現実が目の前で起こっているのを知った時、不思議な幻惑と覚醒の戦慄を感じたものだった。名の知れた政治家や経済人が逮捕されて消えてゆくのを見届けて男は故郷(いなか)に帰って事件を記憶の中に封印したのだった。

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<この物語は「一人の男が自己に内在するマイノリティと対峙しながら成長してゆく」といった自伝的フィクションですが、無計画に執筆を始めたもので進行具合も遅く、今後の展開はあくまで未定です。あらかじめご承知おき下さい>


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