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'72年4月、スペイン満喫の日々~プラド美術館

 北アフリカの旅からスペインに戻って来たのは四月の春のことだった。
ほんの通りがかりの国で通過するつもりが、マドリッドは最高に楽しく生活を享受できた街で、あまりの心地良さにほんの4,5日の予定だったのが、つい2ヵ月も住み付いてしまった。安価なペンションで下宿生活を続けていると、旅人であることを忘れてマドリッドの住人のような気分になる。
街にいる時は、ほとんど連日プラド美術館で過ごしていた。特にルーベンスの絵画に触発されて美術館通いをすることになろうとは考えてもみなかった。
また時には3,000kmまで乗り放題という鉄道チケットでスペインの国内を思いのままに訪れたこともあった。
一ヵ月近くかけて気持ちの趣くままに、郊外のトレドをはじめアビラやコルドバなど城壁の街を訪れてとてもいい旅三昧だった。


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 ▲アビラ城壁(上)、コルドバ市街(下)~スペイン観光協会パンフレットより転載


マドリッドのペンションに戻ってくると馴染みのおばさんが以前と同じ部屋を用意して迎えてくれた。
隣りの部屋には別の日本人が泊まっていて、親しく話を交わすようになった。
彼はアメリカから渡ってきた長髪に髭のヒッピースタイルのジャーナリストで、一ヵ月ほどアメリカをヒッチハイクした後に現地ルポを日本の雑誌「平凡パンチ」に送っていた。大西洋を渡って今はスペインでヨーロッパ紀行の準備をしているところらしかった。
昼間のプラド美術館通いを終えると夕飯を待つ間にこの隣人とよく会談をしていたが、ある日彼が持っていた「ハシシ」(※大麻・マリファナの類い)を勧められて体験する事となった。
その頃の私はまだ未成年でタバコも習慣になっていなかったがハシシにむせることもなく、彼の持っていた吸引パイプですんなりと馴染んでしまった。
ハシシはLSDやコカインなどとは違って薬害中毒になるようなものではないらしく(但しアタマは少しばかり酒に酔った状態のように浮いた感じになるようだ)2週間ほど瞑想状態に入っていたが何ら問題もなかった…ように思った。
マドリッドでのハシシによるトリップ体験は単に気分の良いハイな感覚というだけで、決して怪しく危険な薬物というようなものではなかった。
勿論のこと、私はドラッグや薬物を推奨するものではないが率直に言えば若い頃は何に対しても好奇心があって、また社会的常識を超えて体験を通して語る“実践主義”だったので社会通念の是か非かを気にしないところがあった。


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 ▲連日のように通ったプラド美術館。ルーブルやエルミタージュと比べると小じんまりしているがコレクションは充実。 


ドラッグ体験を正直に言ってしまえば、それは飲酒で開放感を得るのと何ら変わりはないのだが、ある種の陶酔の境地に入ることで感性は制約の枠を越えて、常識的価値観を逸脱した自由で開放的な感覚になる。多くのクリエーターたちが創作の源にドラッグ体験に興味を持つことも肯ける気がする。
しかし、その自由奔放で社会通念や規則管理を無視してしまう創作活動が、アナーキーで犯罪的な側面を持ち、時として社会権力に対抗する義賊のような偶像性を生み出す。そして多分この事が社会を管理するポリティカル・パワーからすれば厄介なものなのだろう。
(それにしても、著名な芸術家や創作家の多くが一度や二度はドラッグ体験をしているなどという話しは周知の事実として暗黙の了解となっているんですね。)


実は私がプラド美術館に通いルーベンスの絵に魅入っていたのはハシシの影響が少なからずあるように思う。
色々とカルチャー・ショックを与えてくれた隣人だったが、ある日持っていた一冊の文庫本を薦めてくれた。大江健三郎の『万延元年のフットボール』という難解な長編だったが、彼曰く「ハシシをやりながら哲学書や難解な物語を読むと、不思議と脳が活性化して思考力が拡がりその世界を理解することが出来る」…
理解が出来ているのかどうかは分からないが、難しい文章を読んでいても全然苦痛ではない事は確かだった。たぶんこれはハシシというものが、脳に対して思考することに対して苦労を与えないような働きがあるためだろう。とにかく気持ちの良いくらいの理解力で頭にスースーと入ってゆく感覚だった。
 


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 ▲ペンション屋上のテラスにて(当時19歳の私) 


スペインは当時フランコ将軍の独裁政権で街中いたる所に秘密警察がウヨウヨしていた。
独裁政権の国なんてものがあまりピンと来ない日本の若者だったのでお気楽に観光していた私だったが、或るアメリカ人がとんでもないトラブルに遭って私も他人事でなくゾッとした事があった。
マドリッドにも蚤の市があって、ヒッチハイカーたちも旅の資金稼ぎのためにちょっとした土産物を並べて売りさばいたりする事があったのだが、
そのアメリカ人はたまたま持っていた赤い表紙の『毛沢東語録手帳』のレプリカを並べて売ろうとしていたようで、文化大革命後の中国共産党員が持つ記念品として高値がつくと思ったのだろうか極右のフランコ政権の国である事をまったく気にもしていなかったのだ。…大らかで気の利かないアメリカ人らしい(笑)
国家を揺るがす思想犯として極秘逮捕からそのまま投獄され、日本では考えられないような独裁国家の事情で駐在の大使館に連絡が入ってから救い出されるまで数ヵ月も牢屋に入っていたらしい。
太陽と情熱の国というキャッチフレーズで“明るく楽天的な国民性”というふうに理解していた当時のスペインで、政治の意外な影の部分を見たようだった。 


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ぼんぼちぼちぼち

あら、19歳の時のお写真、体力も好奇心も旺盛な雰囲気、かもし出てると思いやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2019-11-21 11:44) 

扶侶夢

>ぼんぼちぼちぼちさん、ご来訪&コメント有難うございます。
あははは…お恥ずかしい。スペインに滞在していた頃は食べ物が安くて美味しかったので丸丸としておりました(笑)
by 扶侶夢 (2019-11-21 23:39) 

don

興味深いお話ですね。
難解な本が苦痛じゃなくなりますか。
日本も早く大麻解禁して欲しいです。

by don (2019-11-22 21:29) 

扶侶夢

>don さん、ご来訪&コメント有難うございます。
日本社会がいくら激変するかと云っても大麻解禁はないでしょう…(苦笑)
でも確かに難解な本を読むには都合いいようですよ。
by 扶侶夢 (2019-11-22 23:12) 

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